再び安部公房の話をします。彼が師と仰いでいた石川淳に対して弔辞を述べています。("弔辞ー石川淳" 1988.1.22、安部公房全集028所収)。ちなみに、弔辞を書いた5年後の1993年に安部公房は他界しています。当時私は高校生で、まだ彼の作品を手にしてさえいませんでした。
「潜水作業中の孤独な作家に酸素を送る仕事を引き受けた石川さん」「自分自身(注:石川淳のこと)もまた孤独な深海作業者だったのです」とあり、安部公房が小説家になる上で、石川淳がどれほど支えになったかを述べています。
私は小説家ではなく単なる読者ですが、安部公房が潜水作業とたとえた探究作業の孤独さに親近感を覚えます。それは危険な作業であり、「石川さんの救命ポンプに救われ、はげまされた一人です。」と述べています。
安部公房の潜水の深さとは比較になりませんが、私は今さみしさと向き合っており、これもまた潜水作業なのだと感じています。そのときに、救命ポンプや戻る場所がとても大事になってきます。さみしさを自分のものとして引き受けつつ、他者との交流や語る場所を今まで以上に大事にしたいと思うのです。