心の椅子

精神的支えのことを「心の椅子」と呼んでいます。思わぬ体調不良の予防に役立つと思い、このブログを立ち上げました。

「型を身に着けたいけれど、見つけられない病」の研究

専門家のヨロイという言葉がある。当事者研究などでは否定的なニュアンスで使われるだろう。むしろ、ヨロイを抜ぐことによって対話が始まるのだとされる。私もそう思うが、いざ現場に立つとヨロイが欲しいのだ。何も持たされないまま、撃たれて痛い目に遭うことも多いのだ。

 

あるとき、先輩はもちろん、同期入職にも比べても明らかに劣っていると感じた。そのときから、調子を崩し朝が起きられなくなった。酒量も増え、生活の色彩が乏しくなった。幸いなことに、今立ち直りつつある。でも、専門家のヨロイというか、型を身に着けたいと思うようになった。何かを学んで自己研鑽を積み、スキルを上げ、痛い目に遭う回数を減らし、自信をつけたいと思う。

 

いろんな人や場で相談してみた。しかし、型は見つからなかっった。あるとき、言われたのが、守破離の話だ。型もいずれは破り離れるものだと。私も型に執着したい訳ではない。ただ、破離以前、スタートラインにすら立ててないような不安を感じるのだ。そんな感じで、型を手に入れたいと思いうけれど、手に入らなくてモヤモヤとしながら、仕事にいく毎日だった。

 

今日ふと、実は自分も既に型をもっているように思った。そうだ、そうだったんだ。

 

中学の頃に進学塾に通っていた。塾の宿題は真面目に取り組み、学力はアップした。あるとき、塾の先生に、自由な校風の高校と厳しい校風の学校があると言われたが、私は後者を選択した。前者だと怠けてしまうような気がしたからだ。高校は、日々の宿題がとても大量に出るところだった。しんどくはあったが、真面目にこなし、学力がアップする手応えを感じた。その結果、志望校に合格できた。

しかし、大学は自由なところで、日々の課題はそれほど出されなかった。ある意味、自分で勉強の仕方を見つけ出さなければいけなかったのだろうなと思う。しかし、部活が楽しくて、勉強はおろそかになっていった。

大学院の院試のころになると、また真面目に過去問に取り組み、合格できた。しかし、研究室に入ると、修士論文以外は課題は出されなかった。結局、修士論文がうまくいかず、気分障害になるほど落ち込むことになる。そこで壊れてしまった。材料メーカーに就職したが1年半で退職。むしろ、長く務められたほうかもしれない。

 

その後紆余曲折あって、精神保健福祉士の資格を取るために専門学校に入学した。カリキュラムが密でしんどかったが、真面目に課題に取り組んで、最初の模試で既に合格レベルだった。その後も真面目に取り組んで、国試に合格できた。しかし、入職後は、何を学べばいいか分からずにさまよっている。

 

ここで、私の人生の構造が見えてきたような気がする。

取り組むべき課題がはっきりいるとき ー 真面目に取り組み結果を出せる

取り組むべき課題が見つからないとき ー とても不安で調子を崩す

(自分のことを真面目と表現するのはどうかと思ったが、他に適当な言葉がなかったので、そのまま使う)

 

筆記試験は得意で、真面目に反復練習することによって、スキルを向上させるのは得意だった。つまり、私の型は、真面目、優等生だったと言えると思う。

 

しかし、それで結果を出したその先となると、いつも通用しなかった。だとすれば、今こそその型を破る時なのではないだろうかと思う。実際の支援の現場は、筆記だけでは済まず、常に流動的である。今すぐ、真面目の型から次の型へうまくスイッチできるかどうかはわからないが、当事者研究はきっと助けてくれると思っている。

 

○研究成果、気づき

真面目、優等生という型を既に持っており、過去の成功体験があるが、しかし先には進めなかったという失敗体験があったことに気づいた。その型を破り去り、新しい型を見つける時期に来ていることに気づいた。